【りじつぶ:理事のつぶやきシリーズ】
昨日、長野市内にある水力発電所「中部電力 里島水力発電所」が一般公開になっていたので見学してきました。
この発電所は昭和11年、当時の電力会社 長野電燈株式会社によって建設され、現在の出力は3500キロワット 一般家庭5000軒ちょっと分の発電することができます。
大正から昭和の初めにかけて、世の中は「これからは電気の時代だ!」という機運がきっと高かったのでしょう。日本の各地に小さな電力会社がたくさん作られてめいめいに電力事業を行っていました。
その後、国の施策もあって淘汰の時代となり今のような大手10社による体制となりました。
この発電所を作った長野電燈株式会社は買収や合併を重ねて今の中部電力となっています。長野市内の長野電燈株式会社本社があった場所には、中部電力によって記念碑が建てられています。
このように産業の黎明期に、沢山のプレイヤーが参加してその後淘汰が進み、今は限られたプレイヤーに集約された例は他にもたくさんあります。
例えば電卓。過去、一説には何百社とも言われる電卓メーカーがありましたが今、製造販売しているのは3,4社程度。他にも自動車や家電メーカー、石油卸、銀行などどんどんと淘汰が進み集約が進んできた過去があります。経営が立ち行かなくなったところはつぶれ、そうでないところも合併や買収などで会社を大きくしていかないとやっていけなくなったからです。
さて、振返って農業はどうでしょう?
今まだ、尚、多くの小さなプレーヤーが存在していますが、国としてはこれを集約する方向へと進めています。
集約化することによって生産効率の向上が望めるほか、自営ではなくて従業員として農業に従事するという農業への関わり方の窓口も広がるでしょう。今話題の米の安定供給にも寄与するかもしれません。
反面、今まで他の分野で起きたプレーヤー集約による副作用としては何があったのか? それを農業に当てはめてみると今後の食生活の行く先が見えてくるのではないか..そう思っています。
亀垣
※これは理事個人の見解であり法人としての見解を示すものではありません
